エレンディラ

蜷川幸雄ガルシア・マルケスの「エレンディラ」を舞台化するというのを最近知ってチケット調べたら売り切れだった。あーもう、いつも間が悪い。

 初めて読んだときは疲れていた時期だったので入り込めず、流し読んで「変なおとぎ話」で済ませていたんだけど、今改めて読み直すと、色や情景のイメージが鮮やかに流れ込んできて、血沸き肉踊った。

 舞台は南米・人里はなれた砂漠の村に老女が住んでいた。伝説的な密輸商人の妻で絶世の美女だったが今は老いさらばえ、残された財宝と輝かしい過去の思い出に埋もれながら、孫娘・エレンディラをこき使って世話させているのだった。
 ある日、重労働に疲れた孫娘は倒れこんで燭台を倒し、家を全焼させてしまう。怒り狂った祖母は燃やされた全財産の総額をはじき出すと
「弁償し終えるまで働かせる」
といって、実の孫娘に客をとらせる旅に出る。
 類まれなる美貌に恵まれていたエレンディラは、どこへ行っても行列のできる伝説的な娼婦となっていく。味をしめた祖母は、女王のような昔の生活を取り戻せるかもしれないと夢みるようになり、弁償の期限などないがしろにして金稼ぎに興じる。

 南の国ならではの、においたつ花の香り、強烈な日の光、エレンディラの肉体描写は鮮やかで美しいのに、反してそれを取り巻く人間たちは砂にまみれ貪欲で浅ましい。全てがぎらぎらしている。時折希望をつかんだと思ったら全てすり抜けていってしまう。エレンディラは祖母を憎しみながら不思議なその支配力に逆らうことが出きず
「はい、おばあちゃん」
と生返事を繰り返し、波乱に満ちた旅を続ける。いつ果てるともなく先の読めない展開で、悪夢の中に迷い込んだようにまどろんでしまうところにグロテスクで不思議なラストを迎える。

 寓話にしては生々しくよき教訓も美談も挟まないこの混沌とした感じ。教えられた正義と反して、一歩外に出たら目の前で起こる自然の猛威や人間の悪意に満ちた世界にどきどきしていた子どもの頃の、驚きとも恐怖とも取れない原始的な高揚感が思い出される(南国育ちだから尚のこと似た環境を思い出させられるのかもしれない)。
 
 そのほかの短編も、水辺と砂漠を舞台に生活と幻想を紙一重にした絶妙な世界観で、文字を追いかけているのに脳内では透き通る海水や乾いた風を感じるようだった。

●でいま、たまらず絵を描いていましたが。


主要人物としてエレンディラと恋仲になる青年もかくつもりだったんだけど、そいつは最終的にエレンディラに翻弄されて身を滅ぼすかわいそうなひとで、女二人に比べたら惹かれるものが少なくて。女たちを根詰めて描いたら青年を描く気がなくなってしまった。やる気が戻ってくるの待ちながら、今これ書いてます。