ルイス・ブニュエル監督 「エル」(1952年)

 

 主人公は、周囲には信心深いまじめなカトリック教徒と知られながら、内には異常なほどの独占欲と傲慢さを隠し持つ長者の男。
 ある日友人の恋人に一目ぼれし、熱烈なアプローチでモノにするが、その独占欲からの被害妄想で妻にあらぬ疑いを掛け、自分自身も嫉妬に狂わされていく。

 ルイス・ブニュエルの、やるかたない怒りと狂気が噴出した瞬間の徹底的な描写に驚く。
 思い出されるのは「黄金時代」のバイオリンをめちゃくちゃに潰す、いたいけな子犬を蹴り上げる、子供を撃つシーン。
 
 この作品で印象的だったのが以下のシーン

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 仕事にも行き詰まり、妻にも別れを切り出され参った男は「自分の好きな場所なのだ」と、妻を連れ出し街中の鐘塔へ登る。
 足元の人々を見下し

男:「人間共がいる。ここからだと本性が見える。地を這いずる蛆虫だ。足で踏んづけたい」
妻:「何言うの それは利己主義よ」
男:「利己主義は高貴な魂の本質なんだ。私は人間を軽蔑している。私が神なら人間を許さない。」

 (妻、その言い分にあきれ男の傍を離れ、窓際へ向かう)
男:「グロリア」
妻:「何なの?」
男:「2日人きりだね。
(妻にグっと近寄り、ロマンチックな言葉でもかけるのかと思いきや)人に邪魔されず君を罰せられる。首を絞めたらどうする、突き落としたら?(妻を押し倒し、本当に首に手をかけ)大声を出すな!端まで押していき、突き落とし、地面に当たって死ぬのを見るんだ」
 (妻、必死に男の腕をすり抜け、一人塔を駆け下りる)
男:「グロリア!怖がるな、冗談だ。戻っておいで!私にも人間共が必要なんだ!」

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 男は自分が「正しい」と思ってやっていることは、他人にも正しく作用しているのだと思い込んで(思い込みたがって)いる。自分のわがままに他人が迷惑を被っているとは思いもしない。それどころか、自分の行動を理解しない周囲こそ非礼なのだと非難する。
 この「正しいと信じて行った」という歪んだ一途さのあざといこと。
 信仰心のある人だから、ほんとはそんなに悪い人じゃないんじゃないか、と他人に思わせ非難しにくくさせる(妻もそれでなかなか別れられなかった。)しかし自分の正義と思い通りにいかない現実の間で男は所在をなくして自己喪失してしまう。

 現代のピュア信仰じゃないけど、なにかを信じてがんばってるひとは美しい、と見たがる世の中の愚かさと、神への信仰を自己都合とすり替え正義を語る人間のわがままさをくっきりと浮き彫りにした強烈な作品だった。ひげはやして、ピッチリ身なり整え、威厳あるかに見えた主人公が、妻の視点と共にどんどん崩れていく過程がおもしろかった「こんな奴だったの?!」っていう。しかし、大仰に取り乱す主人公のおっさん、悪態つくときは思いっきりやり遂げる大きい子供みたいな姿、たしかになんだか憎めない。
 アールヌーボー様式の男の館のセットが素敵だった。